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「ずっと昔。
 遠い夏の記憶。

 おばあちゃんは言った。
 ホタルはね、綺麗な水と、流れる川と、
 ありのままの自然がなければ、
 生きていけないんだよ。

 あの日、幼かった私の手の中にいた、
 小さなホタルを思い出す。
 小さな小さな、今にも消えてしまいそうな、
 はかない、小さなヒカリ。」


その日、高野が家に戻ると、玄関に女性物の靴が脱ぎ散らしてある。
そして縁側にはちょんまげにジャージ姿の蛍がいた。
「雨宮・・」
「お帰りなさい!」
「お帰りなさいじゃないだろ。何しに来た。」
「帰ってきました。」
「何しに帰って来た。
 君は一つの恋を終えて、少しは、
 ほんの少しは変わったと言ったんじゃないのか?
 颯爽と自分の人生の階段を、一人で登ってったんじゃないのか?」
「登りましたよ。二つほど。」
「君の人生の階段は、二つしかなかったのか?」
「二つ登ったところで、夏が来ました。」
「夏が来たから何なんだよ。」
「・・・縁側は、どうしてるかなァって」
「どうしてるかなあって・・。」
「部長に逢いたいなァって。」
「・・・」
「私、この家を出た時、ボロボロ泣きました。
 好きな人と一緒に暮らすことが決まって、
 最高に嬉しい気分のはずだったのに。
 この家の玄関を出た途端、涙が止まりませんでした。
 泣けて泣けて、仕方が無かった。
 好きな人と一緒に暮らしている時も、
 一日の終りには、どうしてかな・・
 部長と話がしたかった。
 振られて終わってしまったときも、部長に会いたかった。
 一人で暮らし始めた時も、やっぱり一日の終りには、
 この縁側で、部長と話がしたかった。
 部長のことが、忘れられなかった。
 ジャージにちょんまげで、もう1度、部長に会いたかった。」
「・・・」
「部長に会いたくて、だから来ました!」
「・・・」
「自分の人生だから、自分で決めてきました!」
「雨宮・・・」
「会いたかったんです!!
 ・・・会いたかった。
 会いたかった・・・
 どうしてかな・・。」
「どうしてかなって・・
 それは君が私のことを好きだからだよ。」
「・・・」
「私も、君が好き。」
「・・・」
「・・・どうしてかな・・。」二人同時に呟き、一緒に首をかしげる。
「しかし雨宮。」
「はい!」
「好きだというだけでは乗り越えられないこともある。」
「・・・」
「君は・・・」そう言い席を外す高野。
ビールを手に戻ってくると、蛍は座り込んでいた。
「立ちなさい。」
「・・」
「いいから立ちなさい。」
「はい・・」
「勝手に上がりこんで、勝手に座り込むのは間違っている。」
「・・すみません。」
「これやるから。」
高野がビールを渡す。
「そっちに移動しなさい。」
「は?」
「・・だから、私の、こちら側に来なさい。」
「??」
「はぁ・・」
部長は蛍を縁側に座らせる。
「・・・」
「は?」戸惑う蛍。
「・・・私はここで、君はいつもそこだった。
 そこが君の座る場所だ。
 そこが、君の居場所だ。」
「・・・」
「お帰り。」
「・・・部長!!
 ありがとうございます!
 お待たせいたしました!
 いただきます!」
泣きながらビールを飲む蛍。
「やっぱ・・やっぱ・・部長が一番!!」
嬉しそうに微笑む高野。
「新しい二人暮し条約を決めなきゃな。
 一つ、浴室に一人ぼっちで、閉じ込めない。」
「一つ、体脂肪率は、ほどほどに!」
「一つ、テーブルは平等に。」
「一つ、年金も、平等に!」
「君は老後も、ここで暮らすつもりか!?」
「一つ、寝たきりになっても、介護は楽しく!」
「一つ、私に女が出来たら、ここ出てってもらう。」
「・・・は?」
「考えてみれば、私はここで人生を、台無しにしたくないからな。」
「はぁ!?」
「私が恋に落ちたら、今度は君が私を応援する番だ。」
「はぁぁ!?」
「君と違って、私にはこの先、まだまだ素晴らしい未来が
 待っているはずだ。」
「はぁぁぁぁ!?」
「しかし、君は恐らく、この先もう恋に落ちることはないだろう。
 私以外に好きな男は出来ない。
 死んでも出来ない。生き返っても出来ない。
 生まれ変わっても、君は私を好きだ!」
縁側の下から新聞紙を引っ張り出し、新聞紙を布団代わりに寝転ぶ蛍。
「おい!話を聞け!何寝てんだよ。
 起きろ!」
「・・・」
「起きないと、チューするぞ!」
びっくりして飛び起きると、また横になる蛍。
「おい!起きろよ。起きて私の話を聞け!」
横になり目をぎゅっと瞑る蛍。(チューを待ってる!?)
「アホ宮!!」
怒鳴られた蛍は新聞で顔を隠す。
「あ!!山口百恵引退だって!」
「いつの新聞だよ!!」
「エヘ!」
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